Talk about 1983 その6(最終回)

Alfred Beach Sandal北里彰久と、王舟による1983ロング・インタビュー。本日で最終回。1983の、これからの話。


王舟 じゃあ、関君に質問。関君はたぶんベストな状態で表に出たいっていう考えの持ち主でしょ。そういうところがあるとして、今後は1983ではどういう風にやっていきたいの?
宅録だと自分だけの世界だから、完璧じゃなかったら出さなくていいし、出したくないでしょ。

関 ファースト(「SUITE」)は勢いですね。ここからはまさにそういう次元だと思ってるんですけど。少しずつお互いの癖も出てきてるし、そうなるとやっぱりやってほしいこととやってほしくないこともあるから。たぶん、ここからもうちょっと交わっていかないと。まだ全然産まれたてみたいな感じですよね。

王舟 関君的にはもうちょっとまとまりたいっていうのがある?

関 そうですね。

新間 おれは別に。

北里 ここがバランスだから(笑)

王舟 人数いたらカリスマ性あるやついたら別だけど、バンドって極端にカリスマ性ある感じじゃないでしょ。だから、そういう場合はデコボコみたいな感じではまるとバンドは続くし、そういう運命かって。

新間 まあセカンドからじゃないすか。

王舟 ファーストは出産でばーっと出来たと、セカンドから試すと。例えば前だったらどういうのがやりたかったの?

新間 普通に大瀧詠一とか。でもそのままやってもしょうがない。人それぞれ音楽の歴史観というかリスニング体験ってあるよね。それはおれにもあって、自分がいいなと思って聴いてきた音楽の文脈みたいなものに対して、こういうポップスをやりたいなっていうのはある。ポップスを追求する上で、自分が歌うっていうよりは、人に歌ってもらったほうがベストかなっていうのが今の自分の自覚かな。
だからその分、演奏を突き詰めていくとか。
ファーストは自分がやりたいことと、出来ること・出来ないことを峻別するって感じかな。

王舟 演奏を聴いてる人は良くて当たり前って思ってるからね。

新間 演奏っていうよりアンサンブルの部分かな。今までは70%、80%のいいねっていうか、そこまで厳密にアレンジについて話し合ってもないし。みんながいいよねっていう部分に落とし所を設定したつもりだけど、果たしてそれがいいのかどうかっていうのもあるし。

北里 でも、それ言ったらみんなそうじゃない?100%がなんなのかってそんな簡単にわかんないっていうか。

新間 いや、100%は無理だとしても。

北里 ああ、それ(100%)のためにやるっていうのはエンジンになるんだけど。

新間 だってファーストは無理じゃん、絶対。

王舟 でも結局伴奏なんだよ。伴奏が100%出せる環境作りをする。ヴォーカルとか。伴奏が100%の環境作りをして、歌が凄いってならなかったらそれは関君の責任だってなるくらいアンサンブルをちゃんとやるんだよ。

関 そうだね。

王舟 音楽が好きでやってるっていう、そういう風に好きにさせる音楽ってすごいね。

北里 それは思うね。自分にとっては信仰の対象みたいなとこある。ジム・オルークが言ってたんだよ、音楽は信仰の対象だから、嫌いな音楽は仇と同じって(笑)

関 やっぱりマエストロな人たちは音楽を崇高なものと思ってやっている感じがする。うちで言えば拓海さんとかも。

北里 でもリスナーにそれを押し付けるのは違う。

王舟 そういうんじゃないから、1983はやっぱり日常なんですよ。ささやかだしさ。プレイヤーが集まってるんだけど実力至上主義ではなく。

北里 でも確かに「日常を祝う」っていう言葉はここまで掘り下げたらいいね。ここまで掘り下げないとだめだけど。

新間 で、質問は今後どうやっていきたいかってことだっけ?

北里 いや、違うよ。あなたのパッションを訊かせてくれってこと。

新間 うーん、普通に大野君(oono yuuki)とかビーサンとか見ててすごいなって思って。高城君(cero)とか王舟とか周りで同年代の人がこれだけいい音楽作っていて、このままじゃ自分はまずいなっていうか。

王舟 パッションあるじゃん。

新間 まあ、スタートラインはそうだけど(笑)歌いながらベース弾くっていうのは構造上厳しいんだなっていうのはある。ベースのリズムの快感と歌のリズムの快感は全然違う。で、そこに気づいた瞬間、どうしようってなって。
スタートラインはそういう感じで周りがやってるのにまずいっていうのがあったけど、バンド組んでからは自分がっていうよりは、バンドを音楽的にもっと良くしたいっていう気持ちの方が強い。

北里 それはだから司令塔とストライカーみたいな感じでさ、それぞれがいて、そのうえでそれぞれのパッションがあればいいって話じゃない?

新間 うん、今そういう感じになってる。ファーストでやって一回、当初のパッションとはやりながら変わってくるじゃん。自分はこうしていきたいなっていうのはあって、自分は曲を作るのすごい好きだし、でも歌ってベース弾くってよりかはベースを弾きたい。だから、セカンドは自分の歌は1曲くらいかな。Oasisのノエルみたいに。

北里 それが訊きたいやつだったね(笑)

新間 受け答えとかでは、自分を出さないっていうのをずっと続けてきたからさ。20年くらい。

王舟 自分を出さない自分、を出すんだよ(笑)
王舟 じゃあkitiについてはどう?

新間 kitiは好きなミュージシャンしかいないよ。大野くんもそうだし、健ちゃん(麓健一)もそうだし。

王舟 それは人間的に?

新間 いや、音楽的にだよ。

北里 人間的にはどうなの?

新間 音楽と人間性って結びついてると思うからね、周りの人とか見ててもそうだし。例えクズみたいなやつでも音楽が良かったら好きになる。

王舟 それ結びついてないでしょ(笑)

新間 いやいや。演奏ひとつとっても、技術的な突き詰め方とかコードに対するアプローチとか個性が出るし、ベース聴くだけでその人の人間性は分かるよ。

北里 結局出るんだけど、やっぱり人柄が伝わる音楽のほうが好きになるからね。
日常みたいなものって、生活もしてて音楽もあってバランスがいいですねっていうのがあるじゃん。

新間 それを口に出して言うのは死ぬほどださいと思う。

北里 いや、ださくはないんだけど下手すると中途半端になるじゃん。音楽です、ってならないとやれないこともあって。だから、そういうあり方を美しいってただ単にいうのはやっぱり違うなと。

新間 仕事も音楽もある程度突き詰めた上で言う自分の結論としては、仕事と音楽を両立してますって胸を張って言うのは違うと思う。

北里 真逆だよね。

新間 どんなときでも同じパフォーマンスを発揮して目標を達成するっていうのが仕事。何でも割り切ってしまう合理主義って音楽と一番違うから、仕事と音楽は両立できないっていうのが分かった。

王舟 音楽って日常のできる想像の範囲を超えられるところに魅力があるわけだからね。

新間 音楽の、マジックの部分と日々の積み重ねでどうにかなる部分の割合がいいなあと思うよ。